楊 博

Fly me to the moon sequence2: Three MC’s and One DJ

”No title (EPIC)”, 2020, Oil on canvas, 27 x 46 cm

Yutaka Kikutake Galleryで2021年1月23日から2月20日まで開催された楊博による個展「Fly me to the moon sequence2: Three MC’s and One DJ」。展覧会に合わせて作家が書きおろし会場にて配布していたテキストとともに、発表作品をご紹介します。

 

僕が最後に孔雀を見たのは2年前のことでした。

それは中国の実家に帰ったときに出かけた先の一つのハイライトのはずでしたが、忙しかった日程のせいで、印象はとても曖昧になってしまいました。高尾山にも猿園があるように、実家の市の郊外にある城跡が有名な観光スポットには、孔雀園があったことは思い出せます。場面として覚えているのは、ちょっと暗くなりかけのだだっ広い空を背景にして、一羽のオス孔雀が城壁の上に飄々と立ち尽くしているというシーンです。しかしそれはあまりに絵になり過ぎるので、もしかしたら夢だったのではないかと今は思ってしまいます。

一緒にいた家族は覚えているのでしょうか。ほかの観光客にはどう見えたのかは、さらに知る由もありません。

何にせよ、前後の記憶が曖昧になればなるほど、その夢のシーンだけが残り、いつしか静止画でしか思い出せなくなってしまいました。そのくせして、静止画を見つめるのには、どうしても時間がかかってしまうということが何ともやり切れないです。

 

 

“Peacock” 2021, Oil on wood, 32 x 18 cm

高校生の頃によく聞いたバンドの曲に「回る〜回る〜グルグル回る〜」という歌詞のものがありました。この前電車でふとそれを思い出し、懐かしくてiTunesで検索まではしてみたのですが、そんな時に限ってイヤホンがカバンに入っていなかったのでした、そうするとさっきまではきにもとめていなかった、いろんなことがやたら目につきはじめます。別に文句はないが、僕の目は斜め向かいのドアに貼ってある、何かの自己啓発の宣伝シールを睨みました。

もうとにかく今年は最悪だ、さっさと家に帰って風呂に入ってしまいたいと、この時強く思いました。

”a Cracked cymbal”, 2020, Oil on canvas, 53 x 53 cm

”Wedges #2”, 2020, Oil on canvas, 65 x 99.5 cm

回るといえば、はっぴいえんども「颱風」という曲で「グルグルグルグル〜飛び回る」というフレーズを歌っていた気がします。そう思いましたが、歌詞を調べると「飛び回る」ではなく「踊り回る」なのでした。しかも「グルグル」も平仮名表記の「ぐるぐるぐるぐる」だったのです。日本語のロックの草分けと評される彼らについて僕が何かしら語りすぎると、きっとまた学生時代の講評会で、ボブ・ディランのことを言ってしまった時みたいに怒られるのでしょう。でもやっぱりどれだけ勉強したところで、僕が過去について何かをわかるということが、未来にあるとはとても思えませんでした。

”Flying”, 2020, Oil on canvas, 61 x 61 cm

ギュルギュル回るプロペラが4枚もついているので、ドローンはやっぱりいいなと思って僕もそのうち欲しいと思っています。

”No title (mood) #4”, 2020, Oil on canvas, 194 x 97.3 cm

僕にも夢は特にありませんが、ここから一番遠くのところのことについては、何かと考えることがありました。2年前のお正月には確か、馬頭星雲についてでした。しかしすぐに、せめて地球にいようと思い、パタゴニアのことを考えようと決めたのを覚えています。でもそれは行くとか行かないとかの話とは少し違います。

行きたい場所というのは、それはそれであります。ニューヨークにベルリンにイスタンブール、カサブランカ、レイキャビック、あとはベーリング海峡…数え始めたら止め処がありませんが、その理由も実際には、知っているところはとりあえず全部行ってみたいなあと言ったくらいなのです。

そう言えば僕は山手線の高輪ゲートウェイ駅にだってまだ一度も降りたことがありません。

”Moons and Venuses”, 2021, Oil on canvas, 45 x 28 cm

そんな中で去年の春、僕はどこにも行けるところがなかったので、家から歩いて5分で着くほどの高台にある公園に言ってみることにしました。この辺りでは大きい公園がいくつかあって、中に自然保護区を持つほどのものもありました。引っ越してきて一年弱というタイミングでしたが、近所という漠然とした安心感を持って坂道を登っていくと、そこら中にクロアゲハの幼虫が大量に発生していることに気がつきました。(僕はウジャウジャしている系とウネウネ這う系の虫がとにかく嫌いで、小さい頃こそは捕まえたり勝手に飼ったりしましたが、7歳のある日を境に絶対に2度と触らないことを誓っていました。このことを文章にすることも金輪際ありません)。

振り返るとそれまでの道のりもすでにたくさんいて、戻ろうにも戻れませんでした。

最悪の気分で進むことを決心して、足元と顔の前を同時に注意しながら、何とか展望台になっている開けたところにたどり着きました。そこからは隣駅周辺のこじんまりしたビル群まで見通せるようになっていて、きっと三島の「美しい星」の主人公一家がUFOを呼び寄せようとしたのも、このような場所だったのではないかと思いました。

それからちょっと迷った末に、逆側の虫が少なそうな方の道を選んで慎重に帰りました。次にここへ来たのはもう年末になってのことでした。

 

”Flying (what is spring like on jupiter and mars?)", 2020, Oil on canvas, 77.5 x 116.5 cm

さて年があけました。僕は発売を待っている本を予約したり、蛍光灯の色を変えてみたり、髪の毛にパーマを当ててもらったりしました。あとはだいたい二ヶ月後が誕生日です。

楊博は、1991年中国湖北省生まれ、2001年に宮城県に移住。2019年東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻油画終了。現在、東京都を拠点に活動。近年の個展に「Heart of glass」(2018年,CAPSULE Gallery,東京)、グループ展に「working / editing 制作と編集」(2020年,アキバタマビ,東京)、「固定される影」(2019年,Yutaka Kikutake Gallery,東京)、「The Course of true love never did run smooth」(EUKARYOTE,東京)などがある。